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世界をとらえる技術 〜モデルとシミュレーション〜

#column#DX
2021/10/19

中野 雅俊

運命は計算で導き出せるか?

皆さんは「運命」の存在を信じますか?

日々身の回りで起きている些細なこと、楽しいこと、辛いこと、悲しいこと、全てのことは何者かにあらかじめ決められたことで、それらは予定通りの結果なのでしょうか?

物理学では「ラプラスの悪魔」という言葉があります。

「ある時点において、宇宙空間上すべての力学的・物理的な状態を完全に把握・解析する能力を持つ者がいれば、現在と未来の状態を計算しうる」ということを意味するそうです。

これは私達が高校で学ぶニュートン力学に基づいた考え方で、実際、現代においても自動車やロケット、ビルから橋まであらゆるものが、この古典力学による計算に基づいて作られたり、運用されたりしています。

すなわち、人間は考え得る範囲である程度の物理的情報を知ることができれば、それらを上手く計算して思い通りの結果が得られるということであり、これこそが、人類がここまで高度な文明社会を築き上げることができている大きな要因の一つであると言えます。

人間でもここまでのことができるということは、ラプラスの悪魔のように、全知全能の何者かが宇宙上のあらゆる情報を知り、とてつもない計算能力を有していれば、未来予知を行ったり運命を作り出したりすることは容易く思えます。

しかし、あらゆる物質は量子(電子、中性子、陽子など)から構成されており、量子力学的観点からこれら量子は「不確定性」を備えているため、極限まで細かく考えると古典力学的計算ではどうにもならないことが分かっています。

すなわち、全知全能の何者かが細部まであらゆる情報を知ったところで、計算できない部分がある以上、未来は完全に予測できないし、当然、運命も作り出すことはできないということです。

モデルとシミュレーションとは

しかし、先述のように、人類はその完全無欠ではない物理学的計算により、ここまで高度な文明社会を築き上げました。

モデリングやシミュレーションという強力な手法を用い、限られた範囲やごく近い未来の物理現象や状態を予測することは可能なのです。対象とするものや現象を数学的、物理学的に近似したり表現したりすることがモデリングであり、そのモデルに様々な入力や条件を与えて結果を得ることがシミュレーションです。

これらの技術を用いれば、コンピューター上に小宇宙を構築し、宇宙の成り立ちの謎に迫ることも可能なのです。

最近では、気象学の分野で地球科学者がノーベル物理学賞を受賞したことが話題となり、彼の研究成果である地球温暖化を科学的に裏付ける気候予測モデルが注目を浴びました。

そのモデルから得られる二酸化炭素と温暖化の因果(もしくは相関)の事実は、産業界における脱炭素の流れをさらに強く後押しし、今後地球は持続可能性の高い良い方向に向かっていけるのかもしれません。

また、そういった地球規模の話だけでなく、スーパーコンピューター富嶽を使った飛沫によるコロナウィルス感染シミュレーションのような、身の回りの出来事についても因果や相関が明らかになり、私達の日常生活の指針となっているのです。

DXにとっても重要な技術

さて、産業界においてはDXというテーマのもと、日々のあらゆるアナログ情報をデジタル化し、業務や事業全体を改革していくことで、より一層の経済成長が期待されています。

このDXの潮流は、物理学や数学の基礎理論の発展、コンピューターという強力な計算能力の獲得、そしてセンサーやカメラを用いた情報取集能力の発達によるところが多く、まさに先述したモデリングやシミュレーションの技術が大きな役割を担っていると言えます。

実際、弊社の鋼板製造ラインの自動化を行うプロジェクトでは、モデリングとシミュレーションがその技術のコアを担っています。

熟練者の作業を徹底的に分析し、業務フローを構造的に分解することで、無限にあるアナログ情報のうち、何をどうデジタル化し、それらデジタル情報をどのように処理すれば熟練者業者と同じような機械制御が可能なのか、これらの検討を元に熟練作業者モデルを構築しています。

そしてその熟練作業者モデルによる機械制御処理をコンピューター上でシミュレーションすることで、さらにそのモデルを高度なものへと進化させ、実用レベルへと引き上げています。


また、弊社で開発中の生産管理向けプロダクトにおいても、熟練者が立案する生産計画を自動で組むモデルを実装し、生産管理全体を自動化することを目指しています。この生産計画モデルを用いて、コンピューター上で資材、生産、出荷の各工程について一貫したシミュレーションを行い、最適な生産計画を立案することが可能になるのです。

日常を新たな視点から見る

現代では、単にアナログ情報をデジタル情報として保存して検索したり閲覧したりするのではなく、物理世界そのものをコンピューター上で仮想的に構築し、そこから人の意思決定や将来とるべき行動を導き出すことができるようになっています。リアルとデジタルの境界線がより一層深く交わりつつあると言えるでしょう。

そしてこの境界線の交わりは、私達が日々生きていく中で「この世界をどう捉えるか」ということにも大きく関わっています。大学院生として電子工学の研究をしていた頃、自分の立てた数式モデルが実際の実験結果とぴたりと一致した時、これまで味わったことのない感動を受けたことを、今でも鮮明かつ強烈に覚えています。

その時、自分が世界の真理の一端に触れたような、誰にも見えない未来を見たような、そんな不思議な感覚にとらわれました。

それ以来、色々な出来事や現象について、その裏にある因果や論理を自然と考えるようになり、人生の感じ方が変わったような気がします。

DXだとか、役に立つだとかの枠を超え、人生をより豊かにするものとしても、モデリングやシミュレーションの基礎となる数学や物理学、デジタル技術について学ぶことは大きな意味があるのではないでしょうか。

学生の頃に研究した、電子回路モデルの式、及び、シミュレーションと実測結果