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生物の視点から見るAIの基礎

#AI#column#機械学習
2021/11/30

中野 雅俊

皆さんはAIというキーワードに対してどんな印象をお持ちでしょうか?

自動でなんでもしてくれる、人にはできないことができる、等の「なんかすごそう」といったイメージから、「悪用されたら危険」「人の仕事を奪う」といった脅威論的なものまで様々あるかと思います。

昨今のAI技術は主に「機械学習」という技術がその中心であり、この機械学習の成り立ちをひも解けば、皆さんが抱くイメージがより客観的でクリアなものになるのではないかと思っています。

そしてこれを、AI技術と生物の対比によって、数式を使わずにわかりやすく考察してみたいと思います。

機械学習モデルと生物の脳は似ている

機械学習とは、ある情報群を「モデル」というコンピューター上のプログラムに「学習」させ、ある入力に対して適切な出力をさせるようにする技術のことです。

このコンピューター上のプログラムであるモデルが生物の脳に相当し、その学習対象は、画像情報や音声情報、言語情報など、多岐に渡ります。

生物は五感を通じて、周りの環境から様々な情報を学び取り、適切な行動を取ることができますが、機械学習も基本的なあり方は同じだといえます。

さらに、ニューラルネットワーク(任意の入力情報に高度な数学的処理を行い出力を生成する数理モデル)という技術においては、脳神経ネットワークそのものの働きを模した構造となっており、ソフトウェアの実際の動作としても、生物の脳に近いものとなっています。

生物がある事象を何度も学習することで、脳神経間の結びつきを強化していくのに対し、ニューラルネットワークではモデル内の脳神経に相当する部分が、学習に応じてその結びつきを強化していくのです。

機械学習には大きく3つの種類がある

機械学習は学習のさせ方によって大きく3つの種類に大別することができます。1つ目は「教師あり学習」、2つ目は「教師なし学習」、3つ目は「強化学習」です。

教師あり学習はモデルに情報を学習させる際に「こういう情報が入力された時には、こういう出力をしてね」という「教師データ」を同時に学習させます。したがって、この場合、モデルは明確に何かを分類したり予測したりする問題に適用できます。

一方、教師なし学習の場合はそれら分類解や予測値の元になる教師データが存在しないため、ある情報群が大量に入力された場合、「この情報はこの傾向があるけど、この情報はそれとは違った傾向がある」というように、集団の分類を行うにとどまります。

いずれにしても前者2つは情報を機械学習モデルに与え、学習させるという点では同じアプローチとなります。しかし、3つ目の強化学習はこれらと異なるアプローチにより、モデルの学習を行います。

強化学習の場合、モデルがシミュレーション空間上で「行動(=試行錯誤)」し、それによって得られる「報酬」の量に応じて、「この行動は価値があったので、長期的に同じような行動をしていこう。この行動は価値が低いので、あまり採用しないようにしよう」というように、自らの行動により学習すべき情報を探索し、モデルを「強化」していくのです。

どのアプローチにしても、基本的な学習過程は生物のそれと似ている部分があり、イメージもしやすいかと思います。

機械学習モデルと生物の脳の決定的な違い

このようにして見ると、「AIは生物に似ていてやっぱり凄そう」という印象を抱くかもしれません。しかし、AIと生物を分ける決定的な差は存在し、そしてその差は同時に現状のAI技術の「限界」を示すものでもあります。

その差とは、「離散的であるか連続的であるか (=デジタルかアナログか)」もしくは、「数学的であるか生理学的であるか」というふうに表現できると思います。

前回の記事でも解説したように、モデルとは、対象とするものや現象が数学的、物理学的に近似しているものです。さらに、そのモデルはコンピューター上のプログラムで構成されています。

すなわち、近似という手法をとっている時点で、そこで扱われる情報は非連続で有限なデジタル情報であり、生物が扱う無限で連続なアナログ情報とは性質が異なります。

さらに、モデルはデジタル情報を数学的な処理を用いて処理しているのに対し、生物の脳は無限のアナログ情報を生理学的に処理しており、根本的に処理機構が異なります。

これら性質の違いを性能面で評価すると、非連続で有限な情報を数学的に処理するAIは、連続で無限な情報を処理する生物に比べ、対応できる問題の幅に限りがあり柔軟性も劣ります。

また、CPUやGPUと呼ばれる計算機で多くの電力を用いながら数学的処理を行うAIは、複雑な自然界の情報を少ないカロリーで処理できる生物の脳に比べて、その計算コストは高くつくのです。

AIは人に近づけるか

ここまでAI技術の基礎である機械学習と生物との違いについてみてきました。今後、AIは生物、特に人類にどれだけ近づくことができるのでしょうか。

現状でも、限定された用途においては人よりも圧倒的に良い結果を出せる場面は多くあります。しかし、人のようにより複雑で汎用的な問題に対処できるようになるには、生物的な機構をどこまで獲得できるかがポイントになると思います。

AIは半導体をベースとしたコンピューター上で0か1かの電気信号の厳格かつ有限な組み合わせで様々な処理を行なっていますが、生物は細胞レベルで無限の情報処理を行っています。

また、こちらの記事でも述べたように細胞レベルでは量子の影響が支配的になり、0/1の世界には無い不確定性や、不安定性、ゆらぎが存在します。

普段あまり意識することはありませんが、実は我々の体の中では非常に高度な情報処理が絶えず行われているのです。

これらのことから、AIを人に近づけるためには、半導体から作られたコンピューターではなく、人の脳や体のような生理学的反応を利用したコンピューターが必要になってくるのかもしれません。

人類に匹敵するAIの登場はまだまだ先かもしれませんが、それを実現する為の最先端の技術のヒントや糸口は我々自身の中にあるのです。