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イスラエルとトンガで学んだ「現場力」の大切さ

#column
2021/02/09

中野 雅俊

みなさんは「現場力」と聞いてどんな力をイメージするでしょうか?私の言う「現場力」とは、現場における業務知識、経験、技術や勘を総動員して、いかに汗をかいて現場の課題に向き合えるか、いかに現場の人達と伴走できるかということを意味しています。最近はDX人材というキーワードの元、デジタル技術をどう使うかという「戦略」や「考え方」が注目されています。経営、事業という視点でデジタル技術をどう使い、どのようにビジネスを設計するのかを考えることは事業の成否に直結するものと思います。ただ、今回私が注目したいのはその大きな方向性が決まった後、実際にプロジェクトを進めていく段階での姿勢、向き合い方についてです。

初めてのDXプロジェクト

私が「現場力」の重要性を実感したのは最初の就職先の仕事を通じてでした。大学卒業時、通信技術に魅力を感じていた私は、100周年を迎えつつあった無線通信機器の老舗企業に入社しました。入社と同じタイミングで、「通信機器のモノ売りビジネスだけではダメだ」という会社の危機感から、次の事業の種を創る為の新規事業開発プロジェクトが社内で立ち上がりました。今風に言えば「最新技術で現状の会社のビジネスを変革する」DXプロジェクトです。右も左も分からない新入社員ではありましたが運良くプロジェクトの初期メンバーとし参画する事になりました。チームは10人程度で、全てエンジニアで構成され、私以外の全員が会社の課題や業務を深く理解し、技術力も確かなベテランの方々ばかりでした。プロジェクトのタイムリミットは3年。全員で現状のビジネス課題を洗い出し、市場調査や技術調査を重ね、様々なビジネスプランを練る活動を1年程行いました。その結果、「海外の発展途上国にLTE (4G)の通信インフラを導入し、通信事業を立ち上げる」というゴールが決まり、それに向けて走り出すことになりました。通常で言えば、メーカーは通信事業者に対して機器を収めてそれで終わりですが、そこを「自分達でシステム構築し、それを自ら運用し通信事業を行う。しかも海外で」となんとも高いハードルだったわけです。しかもこの時点で残り2年。当然、10人前後のチーム単独でこのハードルを超えるのは無理だと、作り手である自分達が一番良く分かっていました。そこで、イスラエルのベンチャー企業とタッグを組み、システムを共同開発していくことになりました。

全員で理解し、全員で手を動かすこと

片道20時間近くかかるイスラエルと日本を往復しながら、現地のエンジニアと肩を並べて共に開発する日々。先方の経営陣もこちらのチームのマネージャーも全員が現場で手を動かして開発に取り組んでいました。アイディアの実装からトラブルシューティング、テストまで全員でこなし、時にはイスラエルで、時には7時間の時差を越えてリモートで作業にあたりました。

近代的なビル群、歴史を感じる遺跡、開放的なビーチが混在するテルアビブ

一気に開発が進み、プロジェクト3年目になる頃、通信事業立ち上げの地としてトンガ王国が決まりました。当時、現地は3Gの通信インフラしかなく、現在の様な快適なネット環境で動画コンテンツやゲームを楽しめるような環境ではありませんでした。

のどかなトンガのビーチ

そんな中、街の中心部に手作りでサーバールームと電波塔を作り、車でフィールドテスト(基地局と端末の通信状況を街中移動して調査すること)を繰り返し、無線通信システムを急ピッチで構築していきました。もちろん、イスラエル、日本の両チーム全員で、自国とトンガを行ったり来たりしながら。

一からみんなで手作りしたサーバールーム兼中央監視室
トンガの業者さんと建てた無線電波塔

トンガの商習慣や国民性もしっかり勉強し、現地の人と信頼関係を築きながらシステムと運用フローを作り込んでいきました。例えば、通信費の支払い方法として日本では月末一括払いが一般的ですが、現地の商習慣や日常生活ではプリペイド払いが浸透していた為、プリペイドカードで通信容量を都度チャージしてもらうシステム設計と運用フローを構築しました。そういった最適化も、システム構築を行う私達エンジニア自らが現地の人にヒアリングを重ねその場で実装していったのです。その後、プロジェクト4年目にしてシステム公開と通信ブランドを作り、「海外で通信事業の立ち上げを行う」という目標に漕ぎ着けることができました。今になって振り返ると、あれだけの人数でよくあそこまで辿り着けたなと思いますが、それは、「チーム全員が現場を理解し、現地で自分達の手を動かして事に当たった」ことが大きな要因だと思います。

通信サービスブランド立ち上げと開業セレモニー

現場力は信頼に繋がる

さて、会社を経営し始めてはや4年が経とうとしていますが、これまでのお客様はほぼ全て継続してお取引いただいています。しかし恥ずかしながら、ここまで多くの失敗をしたり、十分なサービスが提供出来ずがっかりさせてしまったりした事は何度かありました。しかし、それらを乗り越え現在も仕事を依頼し続けてもらえていることに対し、「現場に対して真剣に向き合ってくれるから」、「現場の事を深く理解してくれているから」とお客様からお言葉を頂戴したことが何度かあります。経営者にとって、事業の絵や戦略を描いたり伝えたりする事は重要な仕事の1つですが、これからも社内に対しても社外に対しても「現場力」を大事にしながら会社を成長させていけたらと思っています。